主治医からのお知らせ * BBS始めました * ソウルフラワーとの共演写真 * 名古屋クアトロライブ特集
Collaboration Stage

Mail
祈りは通じる

私が昌さんにお会いしたのはたった1度。2008年8月3日。
月の庭で、アーティストのAKIRAさんが昌さんのために行った祈りライブの時である。
私はピアノで共演させてもらった。

その日の朝、AKIRAさんと私は来日していたチベット僧に偶然会っていた。
そしてカタと言う白いシルクの布をかけていただいた。これは歓迎や惜別の意を込めて相手の首にかけるものらしく、映画「セブンイヤーズ・イン・チベット」の中でブラッド・ピットが首にかけてもらうシーンがあった。

真っ白なシルクのカタは今日の祈りライブにぴったりだと思った。
そしてそのカタを首にかけて演奏をした。
残念ながら昌さんは体調が悪く会場に足を運ぶことはできなかったが、私たち演奏者も観客の皆さんも昌さんに届くよう祈っていた。

その日は東京からかけつけた人が何人もいた。
このネアリカ作品「月の庭 ミタクェオヤシン」の作者hideさんもその一人。
昌さんとは20年来の友人であるという彼と彼のパートナーSACHIKOさんは、夜行バスで何時間もかけやってきたのだった。
hideさんはまだ見ぬ月の庭をイメージした「月の裏庭」というネアリカ作品を、この日の為に制作していた。しかし出発の日もまだ完成していなかったので、当日早朝亀山に着いた彼らは、「亀山温泉 白鳥の湯」のロビーで、直前まで毛糸やボンドと格闘していたという。

ライブが終わり、皆でまったりと談笑していると、動くのも辛かったはずの昌さんが立って歩いてきたではないか。驚いた。奇跡が起こったかと思った。
きっとこの日集まった皆の祈りが、昌さんに届いたんだね。人の想いって、時にすごい力になる、そう確信した日だった。


その後昌さんの為に制作された「月の庭 ミタクェオヤシン」は、月の光に浄化された昌さんが、昌さんと関わる全ての人たちを大きく照らしてくれているかのようだ。

by  hide & nori

東チモールにて

昌さんと東チモールに訪れたのは2003年の5月だった。
2002年に独立した東チモール。
独立に立ち合い写真を撮った僕はその直後、6月に昌さんに会った。
ヤポネシアン・ボールズファウンデーション(http://www.five-d.co.jp/japonesian/
のライブで踊り狂っていた。
話は弾み、来年は一緒に東チモールに行こうという話になった。

東チモールでお祭り、現地の人と楽しもう!!と企画をし、昌さんの呼びかけで僕と妹を含む12人の人間が集まった。
“ぶらり途中下車の旅”のような旅は、行き当たりばったり、現地で仲良くなったチモールの人とゲリラ的にライブを行う、そんな感じだった<続き>

直井保彦


憧れの人

私が今の仕事をはじめる前、亀山市に「月の庭」というオーガニックレストランができました。

陶芸家の友人知人や家具作家、ガラス作家、染織が趣味の仲間が集い、古い蔵を改装して造られたそこは、とても有機的であたたかい空気が充満していました<続き>

動画:ふじっこ、文章:坂 美幸(「凪」編集長)


愛の総動員!

行ってきました、ソウル・フラワー・ユニオン with 歌舞伎昌三のライブ!

8月末に緊急入院されていたのを知っていたので、まさかまた、彼のステージが観られるとは夢にも思わなかった。

命の舞い姿。とても末期がん患者とは思えない力強い踊り、その表情。
片手に杖をつきながら、けれど、その杖が見えないような力強さ<続き>

動画:ふじっこ、文章:モリエツコ




「果実採り」

「危険から守られることを祈るのではなく、
恐れることなく危険に立ち向かうような人間になれますように。
痛みが鎮まることを祈るのではなく、
痛みに打ち勝つ心を乞うような人間になれますように。
人生という戦場における盟友を求めるのではなく、
ひたすら自分の力を求めるような人間になれますように。
恐怖におののきながら救われることばかりを渇望するのではなく、
ただ自由を勝ち取るための忍耐を望むような人間になれますように。
成功のなかにのみあなたの慈愛を感じるような卑怯者ではなく、
自分が失敗したときに、あなたの手に握られていることを感じるような、
そんな人間になれますように。」

ルビンドラナート・タゴール
**




私は、月の庭という場所がとても好きで、ライブもさせてもらっています。

最初、三重県の友人たちとタンゴのライブで行ったとき「ああ、いい場所だなあ」と思い、その後、とある企画で偶然、プロデューサーがツアーに月の庭を組んでくれたのをきっかけに、昌さんと再会。「歌舞伎昌三」として踊っていることを聞きました。
そのときは、病気のこと、そして仙人みたいな、哲学者みたいな風貌になっている昌さんにびっくりはしたものの、「なんか、かっこいいぞ」と<続き>

写真:ふじっこ、文章:小川紀美代(バンドネオン奏者)


命の舞 Part 2

2006年8月、神戸市長田区で催された「長田区四番町の地蔵盆」を見に行きました。四日市から駆けつけた歌舞伎さんを紹介する中川さんが、「この人な、呼んでないのにHP見て自分で亀山から来てん」って、嬉しそうに話し、歌舞伎さんもニコニコ笑ってみえました。

途中、踊りながらやぐらの柱に登っていたところで、「楽しいか? そこに登ってみたかったん? 楽しそうやな」ってまた中川さんに言われてニコニコ頷いたり…。

同年のクアトロ(だったか?)では、いつもは衣装が着物の歌舞伎さんが、途中で着替えてスーツにハット姿で登場して踊り、…<続き>

写真:オオクマリョウ、文章:まりこ


奇跡の夜とサプライズ・バースデイ・イブ

はじめまして(!?)、ふじっこです。
相変わらず、ほぼ毎日、マサルの病室にいます。今や、主治医に備品と呼ばれる私です。

今日25日が、マサルさん本人にとって、多くの仲間たちにとっても、特別な、奇跡の夜となったことに感謝いたします。

実はこのところ、マサルさんの体調、心の状態は、常に不安定な状態でした。ライブの数日前、指おるほどに迫ったクアトロでのソウル・フラワー・ユニオンとの競演も、やりたいという強い思いと同時に、強い痛みと、朦朧とする意識など、思うように動かない身体の中に閉じ込められたマサルさんにとって、はるか遠いものに感じた時間も多々あったのだと思います。

でも、ライブの前日、いつも通りに昼前に病室に入ると、今までの1カ月間で感じたことのないような空気が充満していました
<続き>

写真:ふじっこ&JOY R、文章:ふじっこ日記より






秋なのに、夏の様に暑い空を見上げながら、思い出しているのは
僕らの家で僕が今歌っている歌を聴いていたときのこと、
外は静かで深夜だった、     
朝になると夕べの夢をすっかり持って行ってしまうような風が吹いた、
無理なのにね、
いま僕は日差しの中で、
あの頃聴いたことがあるような僕の歌を歌っているよ。


動画:ふじっこ、詩:じろう



生きる

三重県鈴鹿市の病院。我が友「月の庭」の岡田マサルに会いに行く。マサルは病と共に生きていた。ちょっと熱を出しただけで、「もうダメかもしれん」と弱気になる俺には、奴の痛みがどれほどのものなのか、想像すら出来ん。それでも運命を呪うことなく、逡巡の末に、受容して、前を向いて生きる男に、実のところ励まされたのは俺の方だった。

「生きる」ことの意味。互いに散々アホの限りを尽くしてきて。そして、奴の目は澄んでいた。側に行って触ったなら、あの懐かしくて、ムサ苦しいマサルの匂いがした。マサル、また会おうぜ。Life goes on!

写真:JOY R、文章:山口洋(HEATWAVE)





祈ってください

もしもあなたが「祈りたい」と思ったら、(義務的な祈りは効かない)
祈ってください。

あるがままに、
愛のままに、
神聖な気持ちをもって、
マサルさんにとって最善のことが起こるよう、
祈ってください<続き>

ネアリカ:Hide、詩:AKIRA


命の舞

25日クアトロ、素晴らしい夜でした。

開場前、入口の階段に傾斜台が掛けられていたので、車椅子のお客さんが来る予定なのかな…と思っていたら、まさか歌舞伎さんだったなんて!
歌舞伎さんが闘病生活に入ってから、特にソウルフラワーのライブの時、今はどうしているだろう…とずっと気になっていました。

歌舞伎さんが登場した時の拍手が、間違いなくあの夜一番大きな拍手でした。
まさにsoul、命の舞は本当に素晴らしく、お誕生日もみんなでお祝いすることができ、そんな機会を作ってくださったソウルフラワーの皆さんや歌舞伎さんを支えてみえる方々に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです<続き>

写真:JOY R、文章:まりこ



魂の花

今日、ソウルフラワーユニオンのライブに行ってきました。
今のこの気持を、どう言って伝えたらよいのか分かりませんが、歌舞伎さんを見つめながら、ああ、魂の花ってこういうものか、と思いました。
今日のライブで一番感動したのは、歌舞伎さんの姿でした。
中川さん、ごめんなさい!ソウルフラワーより良かった!
体が辛そうで、最後の方は倒れてしまったらどうしようと気が気ではありませんでしたが、お誕生日に立ち会うことができて、本当に良かったです。
何よりも、力強いパフォーマンスをまた見ることができて、胸いっぱいです。
ありがとうございました。

月並みな言葉ですが、どうか、どうか歌舞伎さんの痛みが和らぎますように。

写真:モリエツコ、文章:あやこ


とっておきの瞬間

畑の真ん中の無人駅に到着すると、遠くから
両手をぶんっぶん振りながら猛スピードで迎えに来てくれる
かほりさんの姿が見える!
わははっはは。姉さん!ハンドルハンドル!ハンドルもってませんよ。

着いたとたん、この病院の雰囲気が印象的だった。
廊下には、開け放した窓から入る風が通り抜けていて
道路に面しているのになんとも穏やかで、病院独特の
消毒液や薬や食べ物や排泄物が混じったような
あのなんともいえない臭いがまったくしない。とても明るい光の病院。

ドアの前に立つと、まるーいオーバルのドア窓に
大王様の名札が燦然と輝いている<続き>

写真&文章:ばりこ



命の踊り

友人の岡田昌がいま僕の勤める病院に入院している。

岡田昌は、三重県の亀山市にある「月の庭」というオーガニックレストランのオーナーだ。地方にあっては貴重なインディーズのライブハウスも兼ねたその店は、「雑穀」による食文化の見直しを唱える彼の妻、オーナー・シェフである桂織さんの作る創作料理とともに、地元ではもちろん、全国の音楽関係者やインディーズファンの間で広く知られている。

「月の庭」はレストランでありライブハウスというだけでなく、そのほかにもさまざまな顔を持っている。あるときは「亀山雑学大学」と名づけられた「学び」の場所になるし、あるときは長い旅の途中に旅人がその羽を休める場所になる。反戦や反原発、マイノリティの尊厳とその権利を求める運動の活動拠点だったりもする<続き>

写真&文章:JOY R



インタビュー 「歌舞伎昌三と岡田昌、そして融合」

「オレはベッドの上で踊る舞踏家や」。歌舞伎昌三こと岡田昌は、そう語る。8月29日に3度目の緊急入院。肉体はギリギリまで追いつめられている。身長173センチ、体重48キロ。精力的に踊っていた1年半前に比べ、体重は10キロ以上減少した。だが、病の床で話す彼の声は力強く、目は光であふれていた。

岡田昌が膀胱がんの宣告を受けたのは、2004年10月。病はすでに進行し、治療には、手術による膀胱の摘出が不可避だった。岡田はそのとき、手術・放射線療法・抗がん剤投与という日本の三大がん医療を受けず、自然療法でがんと向き合う道を選ぶ。瞑想、玄米、菜食、枇杷の葉の温灸…。半年間、まじめに自然療法を続けることで、みるみる体が元気になっていくのを感じた<続き>

Interview, text & photo by Mutsumi Masazaki
(於:T病院、2008年9月22日)


このサイトについて 岡田昌的人生 仲間たち 写真集 月の庭 English Mail